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第62回 日本小児血液・がん学会学術集会の報告から research

2020.12.16
第62回 日本小児血液・がん学会学術集会の報告から
名古屋小児がん基金理事長/名古屋大学名誉教授
小島勢二

第62回 日本小児血液・がん学会は福島県立医科大小児腫瘍内科の菊田敦会長のもとで、オンライン開催されました。小児がんを専門とする医師にとっては最も身近な学会であり、わが国における小児がん研究の進歩を学ぶことができる有益な学会でした。

毎年、過去1年間に発表された学術論文の中から、小児血液がん学会学術賞が授与されますが、今年は名古屋大学小児科助教の成田敦先生が筆頭著者である下記の論文が受賞しました。成田先生おめでとうございます。

Prospective randomized trial comparing two doses of rabbit anti-thymocyte globulin in patients with severe aplastic anaemia. Narita A, Zhu X, Muramatsu H, Chen X, Guo Y, Yang W, Zhang J, Liu F, Jang JH, Kook H, Kim H, Usuki K, Yamazaki H, Takahashi Y, Nakao S, Wook Lee J, Kojima S; Aplastic Anaemia Working Party of the Asia-Pacific Blood, Marrow Transplantation Group. Br J Haematol. 2019 Oct;187(2):227-237.

わが国の小児科医だけでなく、日本、中国、韓国の小児科医や内科医も参加した前方視的多施設共同研究で、重症再生不良性貧血の治療における抗胸腺細胞グロブリンの至適投与量を検討した内容です。

中枢神経再発神経芽腫に対する新薬の開発

神経芽腫においては、大量化学療法や抗GD2抗体などの免疫療法の導入によって、局所再発や骨髄再発は減少したものの、代わって晩期再発として中枢神経再発が問題となっています。脳や脊髄などの中枢神経に再発した場合には有効な治療法がなく、その予後は極めて不良です。

米国、スローンケタリングがんセンターのKim Kramer博士は、B7-H3(CD276)を標的とするラジオアイソトープ標識マウスモノクローナル抗体、131I-omburtamab、の中枢神経再発神経芽腫に対する治療効果を報告しました。131I-omburtamabを導入する以前の19人では、全例が4年以内に死亡したのに対して、131I-omburtamabの投与した109人では10年生存率が40%と顕著な生存率の向上がみられました。

< 小島コメント >

現在、本剤をY-mAbs Therapeuticsという製薬会社が国際治験を行っています。名古屋大学から、2名の中枢神経系再発神経芽腫の患児が、この治験に参加し、米国で治療を受けています。なお、今後、わが国でも本剤の治験を始める計画が進んでいます。

Y-mAbsの会長は、デンマークの出身ですが、自分の子どもが米国のスローンケタリングがんセンターで131I-omburtamの投与を受け、命が救われたことから、この薬を全世界の神経芽腫の子どもに届けようという想いで会社を設立しました。

B7-H3は神経芽腫以外にも種々の神経系腫瘍に発現しており、髄芽腫や上皮腫、び慢性橋膠腫を対象とした臨床研究も進んでいます。

Kim Kramer博士は、講演の最後に研究費のサポートを受けた10以上もの小児がん基金の名前を紹介されました。基金の名称には、それぞれ患者さん個人の名前や病名がつけられています。これら海外の小児がん基金の活動を学んで、名古屋小児がん基金にも取り入れたいと考えています。

悪性固形腫瘍に対するハプロ移植

ドイツのチュービンゲン大学は、固形腫瘍とりわけ神経芽腫に対するハプロ移植に力を入れています。Peter Lang博士からは、チュービンゲン大学における再発神経芽腫の治療の変遷が紹介されました。以前は26例の移植後再発例(25例の自家移植、1例の同種移植を含む)に対してハプロ移植を行うも、3年無病生存率は20%、全生存率は30%と十分な成績ではありませんでした。そこで、チュービンゲン大学の経験をもとに再発神経芽腫に対する多施設共同研究が企画されました。

再発例に対して、主にテモゾロミド、イリノテカン、ダサチニブによる化学療法を行い、その後手術で残存腫瘍を摘出しました。さらに、可能ならば放射線照射を追加しています。以上の治療で完全反応あるいは部分反応が得られた68人に対してハプロ移植さらに免疫療法として抗GD2抗体が投与されました。ハプロ移植後に腫瘍が部分的に残存した36例においても20例において腫瘍の完全消失が見られ、3年無病生存率は47%、全生存率は58%でした。ハプロ移植後に抗GD2抗体を加えることで大幅な生存率の向上が期待できると考えられます。

< 小島コメント >

2018年に、わが国における進行期神経芽腫の初回治療成績が公表されていますが、3年無病生存率は37%でした。移植後の再発例は、ほぼ治癒する見込みはないと考えられています。今回の研究対象は、移植後の再発例でありながら、47%と、わが国の初回治療例に匹敵する大変期待できる成績でした。化学療法後の免疫療法として抗GD2抗体の効果は知られていますが、移植後にも優れた抗腫瘍効果が得られることが、今回の研究で明らかとなりました。

名古屋大学においては、医師主導試験として、再発あるいは初回治療に抵抗性の神経芽腫の9例に抗GD2抗体を投与していますが、1例を除き、8例が2年以上腫瘍の進展なく生存中です。わが国においても、一刻も早く、抗GD2抗体の薬事承認が望まれます。

CAR-T製剤、キムリアのリアルワールドデータ

難治性急性リンパ性白血病に対してキムリアが薬事承認されて1年経過しましたが、これまでは、わが国では京都大学から発表された治験のデータしか、キムリアの治療成績の報告はありませんでした。今回の学会で、初めて、実臨床の場における治療経験、いわゆるリアルワールドデータが発表されました。

8つの施設から発表された計16例の臨床経過を下記の表にまとめました。2例を除いては、移植後の再発例で、しかも複数回の移植を受けている症例もあります。CAR-T投与前の橋渡し治療としてブリナツマブが投与された症例も半数に見られました。その結果、10例においてはCAR-T投与時に寛解が得られています。CAR-T投与からの観察期間は0~11ヶ月、中央値は6ヶ月と短いものの、CAR-T投与3ヶ月後にCD19抗原のロスを起こした1例が再発したのみです。また、重症サイトカイン放出症候群などの重篤な有害事象が見られた症例もありませんでした。

< 小島コメント >

今回、わが国におけるキムリアのリアルワールドデータが、初めて明らかになりました。1例を除き全例が移植後再発例でありながら、観察期間が短いとはいえ再発したのは、16例のうち1例のみと期待できる治療成績が得られています。

京都大学から報告された6例の治験例では、ICU管理を必要とする重篤な有害事象が、半数以上の症例に見られましたが、今回の16例では、重篤な有害事象はみられていません。名古屋大学はこれまで、中国への紹介例や自施設で製造したCAR-T製剤による治験例を含めて7例に対してCAR-Tの投与経験がありますが、同様に重篤な有害事象を経験していません。CAR-T投与時における体内の腫瘍量が、有害事象の発生に関連することが知られており、橋渡し治療として腫瘍量の減少を図ったことが、重篤な有害事象さらに再発を減少させるのに効果的であったと考えられます。

ブリナツモマブの商品名はビーリンサイトですが、キムリアと同じくCD-19抗原を標的とした免疫治療薬です。今回、キムリアの投与例の半数に投与されていました。ブリナツモマブについては、2019年の1月に基金のホームページで“ビーリンサイトってどんな薬”の項目で紹介していますので、参照してください。

移植後再発例の寛解導入や維持に有用であったと思いますが、橋渡し治療としてブリナツモマブを投与するとCAR-T治療後のCD19抗原ロスによる再発が増加するという報告もあり、その有用性については、今後の検討が必要です。ブリナツモマブの薬価は、45kgの患者に1サイクル、28日間投与すると787万円します。通常、2サイクルは投与するので、キムリアの薬価(3349万円)と合計すると、この2剤のみで5000万円に達します。わが国の保険財政への負担が大変心配です。名古屋大学が進めている安価なCAR-T製剤の一刻も早い開発が待たれます。

わが国におけるキムリアのリアルワールドデータ

小児がんに対するがん遺伝子パネル検査の有用性

昨年、わが国でもがん遺伝子パネル検査が保険適応となり、小児がんもその対象となりました。がん遺伝子パネル検査では、標準治療がないあるいは標準治療が効かなくなった患者に次世代シークエンサーで多数の遺伝子を同時に検査して、効果が期待される分子標的薬を見つけることが目的です。

今回の学会では、3施設から小児や若年成人を対象としたがんパネル検査の有用性について報告がありました。分子標的療法の対象となる遺伝子変異は、20~80%に検出されましたが、実際にパネル検査の結果に基づいて分子標的薬が投与されたのは、10%以下でした。この理由は、わが国では小児を対象とした分子標的薬の臨床試験が極めて少ないことによります。

国立がんセンターの検討では、治療対象となる遺伝子変異が検出された28人のうち、実際に治療薬が投与されたのは、10人(36%)に過ぎませんでした。米国では小児に対しても多数の臨床研究が行われています。この28人が、米国の臨床研究に参加すれば24人(86%)において遺伝子変異に即した分子標的薬による治療が可能です。

実際に、ALK阻害剤が投与された東北大学の患児は、治療が奏功して寛解に至っています。なお、がんパネル検査では、限られた数の融合遺伝子しか検出できませんが、東北大学の検討では、5例に診断に有用な変異が検出されており、うち2例は遺伝子検査の結果によって診断が変更されています。

< 小島コメント >

小児においてもがん遺伝子パネル検査の有用性が明らかとなりましたが、同時に、問題点も浮かび上がりました。たとえ候補となる分子標的薬が見つかっても、わが国では、小児を対象とした臨床研究が少ないので、検査を受けた患児のうち、10%以下しかその恩恵を受けることができません。

希少疾患が多く診断が難しい小児がんにおいては、診断に直結する融合遺伝子の検出が有用であることも明らかになりました。パネル検査では、限られた数の遺伝子変異しか検査することができませんが、エクソーム解析やRNAシークエンスなどの検査法を使えば、全ての遺伝子を網羅的に検査することが可能です。診断率の向上が期待できます。しかも、検査費用も検査会社で行うパネル検査は56万円もしますが、これらの網羅的遺伝子検査は、自施設で行えば5万円ほどで検査可能です。

小児や若年成人に対するがんパネル検査の有用性

名古屋大学では、民間からの研究費や名古屋小児がん基金からのサポートによって、必要な全ての小児がん患者に網羅的遺伝子検査を行うことを目指しています。HPの“Dr小島の小児がん講座”に網羅的遺伝子検査についての講義があるので参照してください。




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