RESEARCH最新の研究内容
急性リンパ性白血病に対するキムリアのリアルワールドデータ research
米国血液学会ASH2019の報告から
小島 勢二
ASH2019は、2019年12月5日から10日まで、米国のオーランドで開催されましたが、世界中から30,000人を越える参加者がありました。
さて、2019年の5月に3,349万円でノバルテイス社のキメラ抗原受容体T細胞(CAR-T)製剤であるキムリアが薬価収載され、わが国でも臨床現場での投与が始まっています。そこで、昨年に続いて、ASH2019で発表されたCAR-T療法の最新情報を紹介します。
今回の学会ではCAR-T療法に関連して110の発表がありましたが、そのうち、75%がヒトを対象にした臨床研究の発表でした。国別の内訳は、米国が67,中国が30と2つの国が大半を占め、日本からは基礎研究が2つ発表されたのみでした。
これまでは、キムリアの臨床成績を知るには、治験の成績しかありませんでした。米国でキムリアが急性リンパ性白血病(ALL)に対して承認されたのは2017年の5月でしたが、今回の学会では市販後調査の発表がおこなわれ、いわゆるリアルワールドデータが始めて明らかになりました。
ALLに対するキムリアのリアルワールドデータ
全米の40病院で、159人のALL患者に投与されたキムリアのリアルワールドデータが、国際造血細胞移植データ登録機構(CIBMTR)で集計されました。
患者年齢は、0歳から25歳に分布し、その中央値は12歳でした。生存者における観察期間の中央値は5.8ヶ月で, キムリアに反応した割合は88%,キムリア投与開始6ヶ月後の無病および全生存率はそれぞれ68%、94%と治験の成績とほぼ同等でした。副作用としてのサイトカイン放出症候群や神経症状の発生は、13.3%、8.6%と治験と比べて大幅に減少しました。
リンパ球採取からキムリア輸注後2ヶ月間にかかる総医療費の平均は61万2779ドルと推定されましたが、キムリアの薬剤費(47万5000ドル)が、全費用の80%を占めています。
英国ではキムリア投与の適応は代表者会議で決定される
キムリアは2018年6月に欧州医薬品庁(EMA)でも承認されました。英国では、費用対効果の検討結果が確定するまでは、国民保険サービス(NHS)の抗がん剤基金(CDF)を通じての使用が推奨されています。
キムリアの適応は、毎週開催される臨床家、患者団体、CAR-T治療認定施設の代表で構成される会議(NCCP)で検討されます。適応ありと判定された患者は、全国7ヶ所の認定施設に振り分けられます。
2018年12月から2019年7月までの8ヶ月間に、46人の悪性リンパ腫の患者にキムリアの投与が認可されました。
再発・治療抵抗性ALL患者におけるCD19CAR-Tに対する反応予測因子
中国Hebei Yanda Lu Daopei病院では、2017年4月から2019年3月までの2年間に、254人の再発・治療抵抗性ALL患者が、CD19CAR-T製剤で治療されました。
投与30日後の時点で、89.4%(227/254)に 骨髄微小残存病変(MRD)が陰性の完全寛解(CR)が得られました。CRに至らないリスク因子を多変量解析で検討したところ、以下の5つのリスク因子が同定されました。
1)女性であること
2)白血病細胞におけるTP53変異の存在
3)骨髄の白血病細胞の割合が20%以上
4)副作用としての神経症状がみられないか軽症であること
5)共刺激分子として4-1BBでなくCD28の使用
ヨーロッパの小児造血幹細胞移植施設におけるCAR-T細胞の製造
イタリアのローマにあるIRCCS Bambino Gesu 小児病院とロシアのモスクワにあるDmitriy Rogachev国立医療センターは、ヨーロッパにおける最大級の小児血液病・がん専門病院です。Bambino Gesu小児病院は創立が1869年とたいへん歴史のある病院ですが、一方、Dmitriy Rogachev国立医療センターは創立が1991年と比較的新しい病院です。ちなみにDmitriy Rogachevというのは、小児がんで亡くなった患者さんの名前で、病院の整備にはプーチン大統領が大きく貢献しました。
Bambino Gesu病院の年間造血細胞移植数は160例で、イタリア最大の移植数を誇っています。Dmitriy Rogachev国立医療センターには、ロシア全土から年間2000人の小児がん新患が受診し、移植数も200人に達しています。
Bambino Gesu小児病院は、自前のセルプロセッシングセンターを完備しており、自殺遺伝子を組込んだCD19CAR-Tを製造しています。自殺遺伝子は、重篤なサイトカイン放出症候群が発症した場合の対策としてCAR-T細胞に組込まれました。
2018年の1月から2019年7月までに15人の再発ALL患者に自家製CAR-T細胞が投与されました。9人は移植歴、6人はブリナツモマブの投与歴のある患者でしたが、13/15(87%)にMRD陰性のCRが得られ、治療開始18ヶ月後における全生存率は72%でした。半数の患者さんにサイトカイン放出症候群がみられましたが、自殺遺伝子を作動した患者はありませんでした。
Dmitriy Rogachev国立医療センターでは、ミルテニーバイオテク社から購入したレンチゲンという遺伝子導入ベクターを用い、同じくミルテニーバイオテク社の開発した自動細胞調整装置(CliniMACS ProdigyⓇ)でCD19CAR-T細胞を製造していますが、平均遺伝子導入効率は60%でした。31人について、投与1ヶ月後の効果を評価しましたが、27人(87%)に微小残存病変が陰性のCRが得られました。また、観察期間の中央値が223日の時点で19人は無病生存中です。
名大でも自主開発CAR-T製剤による臨床研究を実施中
キムリアのリアルワールドデータは、観察期間は短いものの、治験と同等の有望な治療成績が得られています。重篤な副作用も対応が周知されて減少しており、再発・難治性ALLの治療における有用性は確立されたと言えます。
にもかかわらず、実臨床でキムリアが投与された患者数は予想よりも少ないのは、高価格がキムリアの普及を阻んでいると思われます。自施設で製造すれば、ずっと安価に入手できることから、海外の移植病院のなかにはCAR-T製剤を自施設で製造する道を選択する施設もみられます。
これまでに、名古屋大学から紹介した4人の再発白血病患者さんは、中国でCAR-T治療を受けましたが、複数のCAR-T製剤が投与されたのにもかかわらず、薬剤費は合計でも100万円でした。ちなみに、治療費の一部を名古屋小児がん基金が助成しています。
現在、名古屋大学小児科でも、自主開発のCAR-T製剤による臨床研究を実施中です。
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