RESEARCH最新の研究内容

CAR-T療法をめぐる話題~インド血液・輸血学会総会より~ research

2019.2.3

第59回インド血液・輸血学会総会に参加して

名古屋小児がん基金 理事長/名古屋大学 名誉教授
小島勢二

 2018年10月25日から28日の4日間、インド南部ケーララ州のコーチンで開催されたHAEMATOCON 2018に招待され、小児不応性貧血(RCC)の教育講演を行う機会があった。コーチンは、アラビア海に面した港町で、ヨーロッパとの海路が開けた16世紀以降は香辛料の輸出で栄えた都市である。現在もその名残で黒胡椒などの香辛料を扱う店が軒を連ねている。コーチンは、水郷地帯に属し、チャイニーズ・フィッシング・ネットと呼ばれる独特の漁法が有名である。

コーチン名物のチャイニーズ・フィッシング・ネット
コーチン名物のチャイニーズ・フィッシング・ネット

 学会の参加者は、700人ほどで先日参加した日本血液学会と比較して、小規模ではあったが、血液学のすべての分野をカバーしたシンポジウムや教育講演がおこなわれ、充実した内容であった。その他、優秀演題の口演やポスター発表も行われた。プレナリーセッションでは、先日の日本血液学会と同様に、米国血液学会(ASH)やヨーロッパ血液学会(EHA)とのジョイントシンポジウムが企画され、CAR-T療法やサラセミアなどの遺伝性血液疾患の遺伝子治療など最新の研究が紹介された。

インドの医療で最大の問題は、貧困層は十分な医療を受けることができないこと

 インドの医療で最大の問題は、貧富の差が激しく、保険制度も整備されていないので、貧困層は十分な医療を受けることができないことである。Reality in Indiaという印象的なスライドで、その状況が説明された。

 インドにおいても、ガイドラインで推奨される重症再生不良性貧血の治療は、造血幹細胞移植や抗胸腺細胞グロブリン(ATG)とサイクロスポリンの併用療法であるが、実際にこれらの治療が受けることができるのは、必要とする患者の25~30%にすぎない。

 治療コストの削減に努めており、日本では1,000万円かかる造血幹細胞移植も、インドでは200万円で済むようである。とりわけ、ジェネリック薬品の使用が普及しており、移植の前治療に用いられるブサルファンは、先発品が168,000ルピーであるのにジェネリック製品は64,000ルピー、メルファランも先発品の84,000ルピーに対して21,000ルピーと1/3から1/4の値段のようである。サラセミアや血友病の分野では、困窮者に対する患者会サポートがあり、再生不良性貧血でも、患者会の設立の必要性を訴えていた。

次世代シークエンサーによる遺伝子解析の分野で大きな成果

 患者の経済状態と同様に、医療レベルにおいても病院間の格差が目についた。急性リンパ性白血病は、ムンバイにあるTata記念病院が診療・研究の中心で年間の新規患者数は、1万人に達すると聞いて驚いた。日本全体でも、小児・成人あわせた急性リンパ性白血病の新患は、1500人程度である。その運営は政府からの資金のほか、民間からの寄付が大きな部分を占めており、貧困層は無料で治療が受けることができるようである。

 研究では、次世代シークエンサーによる遺伝子解析の分野で、大きな成果をあげていた。再生不良性貧血は、ニューデリーにあるAllMS(All India Institute of Medical Science)が最大の診療施設で、年間の新規患者数は、400人に達する。ヴェールールにあるCMC(Christian Medical College)は造血幹細胞移植の中心で、特に、ファンコニ貧血など先天性骨髄不全症を含めた再生不良性貧血の治療に力を入れている。全インドで移植された再生不良性貧血患者の半数は、CMCで移植されている。次世代シークエンサーを含めたファンコニ貧血の診断に力を入れている。

 今回の学会に日本から参加したのは、私一人であったが、残念ながら日本の血液学の影は、インドでは薄いようである。たくさんの教育講演のなかで紹介された日本の研究は、私達の小児再生不良性貧血に対する治療指針の研究と 東京小児がん研究グループからの初期前駆型T細胞急性リンパ性白血病(ETP-ALL)に関する研究のみであった。

第59回インド血液・輸血学会総会 HAEMATOCON 2018 名古屋大学 名誉教授 小島勢二
名古屋大学 名誉教授 小島勢二

CAR-T療法をめぐる話題

白血病細胞が骨髄に25%以上残存している患者が対象であってもMRD陰性の寛解に

 先日の日本血液学会においても、再発、難治性急性リンパ性白血病に対するCD19CAR-T療法がトピックであったが、インドの血液学会でも、米国シアトル小児病院から招待されたMarie Bleakley教授の講演があった。シアトル小児病院では、ペンシルバニア大学/ノバルテイス社とは異なる種類のCAR-Tを用いて、再発・難治性急性リンパ性白血病の小児/若年成人を対象に臨床試験をおこなっている。10-4レベルの感度をもつフローサイトメトリーで微小残存腫瘍(MRD)を測定したところ、白血病細胞が骨髄に25%以上残存している患者が対象であっても、33/36(92%)でMRD陰性の寛解が得られた

 しかし、より感度の高い次世代シークエンサーでMRDを測定すると、フローサイトメトリー法でMRD陰性の患者のうち70%にMRDが検出された。CAR-Tを輸注後12ヶ月の時点での無病生存率は50%であった。CAR-T療法後に、強化療法として同種骨髄移植を受けた場合の無病生存率は70%であったが、受けない場合は10%と、ほとんどの患者が再発してしまったことから、現在はCAR-Tで寛解が得られた場合でも、かならず、同種骨髄移植による強化療法を加えている

 懇親会でBleakley教授に確認したが、たとえ、MRDが陰性化しても、同種骨髄移植を強化療法として追加するとのことであった。再発の1/3はCAR-Tが早期に血中から消失することにより、2/3は白血病細胞からCD19抗原が欠失してしまうことによる。現在、CAR-Tの複数回投与やCD19とCD22を同時に標的としたdual CAR-Tを作成し、臨床試験を実施中である。副作用としてサイトカイン放出症候群が90%にみられたが、副作用による死亡例はみられなかった。しかし、financial toxicityという言葉をつかって、CAR-T療法が、米国でも極めて高額で、必要な患者に投与できないことを問題視していた。

CAR-Tの研究と次世代シークエンサーによるMRDの測定法

 インドでは、ムンバイにあるIndian Institute of TechnologyでレンチウイルスベクターによるCAR-Tを研究中で、前臨床試験が終わり、近々、臨床試験を始めるとのことであった。

 名古屋大学では、10-6の感度をもつ次世代シークエンサーによるMRDの測定法を、CAR-Tにあわせて開発した。MRD陰性の状態で中国に依頼しCAR-T療法を受けた乳児白血病の移植後再発例が、現在CAR-T療法後2年以上寛解を持続していることから、高感度測定法でMRDが陰性の状態でCAR-T療法を受ければ、同種骨髄移植による強化療法を行わなくても済むのではないかと考えている。




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