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小児急性リンパ性白血病における次世代シークエンサーの臨床応用 research

2019.1.31

第5回アジアン小児がんコンソーシアム報告

名古屋大学 小児科 濱田太立
第5回 アジアン小児がんコンソーシアム参加報告 名古屋大学 小児科 濱田太立

小児急性リンパ性白血病における次世代シークエンサーの臨床応用

 日本において、小児急性リンパ性白血病(ALL)は年間500~600人の新規発症ですが、現在では、90%の長期生存が得られています。しかし、ハイリスクや再発例は、依然として予後不良であり、治療法の改善が必要です。名古屋大学小児科では、5年前から次世代シークエンサー(NGS)の臨床応用を開始しており、今回は、これまでの研究成果や今後の方向性について報告しました。

 これまで、ALLの治療は、年齢や診断時の白血球数、初期治療への反応性に加え、染色体、免疫マーカー、融合遺伝子のスクリーニング結果をもとに、再発リスク分類をおこない、その結果に基づいて治療プロトコールの選択を行ってきました。再発リスクの低いグループには、晩期障害のリスクを考慮して、弱めの治療を、再発リスクが高いグループには、造血幹細胞移植を含む強力な治療を選択しています。

初回治療抵抗性や再発した小児ALL患者に新規融合遺伝子(MEF2D-BCL9)を発見

 名古屋大学では、従来のリスク分類に用いる検査法に加えて、NGSによるRNAシークエンス、微小残存腫瘍の測定をおこない、より正確なリスク分類、発見された融合遺伝子に応じた分子標的治療薬の併用をおこなっています。最近の分子生物学の進歩により、80%以上のB-ALLにおいては、遺伝子変異が発見され、予後の予測や治療薬の選択に、その結果が用いられています。

 名古屋大学では、初回治療抵抗性や再発した59人の小児ALLにRNAシーケンス解析をおこない、4人にこれまで報告がないMEF2D-BCL9という新規融合遺伝子を発見しました。

初回治療抵抗性や再発した59人の小児ALLにRNAシーケンス解析をおこない、4人にこれまで報告がないMEF2D-BCL9という新規融合遺伝子を発見

 この4人は、極めて予後不良で、骨髄移植をおこなっても、全例が短期間に再発してしまいました。細胞株をもちいた試験管内の実験により、この融合遺伝子をもつ白血病細胞はステロイドに抵抗となり、HDAC9の発現が亢進していることが示されました。実際、MEF2D-BCL9陽性細胞株は、薬剤感受性試験で、デキサメサゾンには、まったく感受性はみられませんが、HDAC阻害薬のボリノスタットやプロテアゾーム阻害薬であるボルテゾムには高度の感受性を示しました。

MEF2D-BCL陽性細胞株 薬剤感受性試験

Ph-like ALLの遺伝子発現を示す白血病の検索に、RNA-シーケンス解析が有用

 RNAシーケンス解析の有用性が確認できたことから、名古屋大学では、これまでに23人の新規小児ALL患者を対象にRNAシーケンス解析をおこないましたが、12人に融合遺伝子が見つかり、うち3人はMEF2D-BCL9でした。

23人の新規小児ALL患者を対象にRNAシーケンス解析

 RNAシーケンス解析では、遺伝子発現パターンも検討できますが、3人に予後不良因子と知られているフィラデルフィア染色体様急性リンパ性白血病(Ph-like ALL)の遺伝子発現がみられました。3人のうち1人には、IGH-CRLF2が検出されましたが、2人には融合遺伝子は検出されず、Ph-like ALL遺伝子発現を示す白血病の検索に、RNA-シーケンス解析による遺伝子発現の検討の有用性が示されました。現在、名古屋大学ではMEF2D-BCL9が検出された症例を対象に、ボリノスタットやボルテゾムの併用療法を含む臨床試験を実施中です。

NGSによる微小残存腫瘍の測定方法の開発に成功

 微小残存腫瘍の測定は、ALLの予後予測や治療法の選択に極めて有用であることが、多くの臨床研究の結果明らかとなっていますが、わが国では、この検査は、これまで保険収載されておらず、実施できる病院も限られていることから、一部の症例にしか測定されていませんでした。微小残存腫瘍の測定には、フローサイトメトリー(FCM)法とRQ-PCR法とがありますが、測定感度はFCMで最大10-4, RQ-PCR法で10-5です。名古屋大学では、NGSを用いて、より簡便でかつ高感度(10-6)に微小残存腫瘍を測定する方法の開発に成功しました。

 これまで、154人について、NGSによる微小残存腫瘍の測定を試みましたが、検討できなかったのは5人のみで、149人(97%)で結果を得ることが可能でした。検体の採取時期は、寛解導入療法終了直後のDay33,強化療法終了直後のDay80,と維持療法開始前と維持療法開始前後の4点です。

10-6レベルで微小残存腫瘍が検出されなかった47人の5年無病生存率は96%

NGS-MRDによる急性リンパ性白血病のリスク分類

 検討できた99人のうち、Day33とDay80の2点において、10-6レベルで微小残存腫瘍が検出されなかった47人では、2人が再発したのみで5年無病生存率は96%でしたが、どちらか一方あるいは両方で微小残存腫瘍が検出された52人の5年無病生存率は58%に過ぎませんでした。

NGS-MRDと移植後再発

 また、造血幹細胞移植の1ヶ月以内に微小残存腫瘍が測定された19人のうち、微小残存腫瘍が検出されなかった14人は、移植後全例が再発なく無病生存中であるのに対して、移植直前にMRDが検出された5人のうち3人は移植後再発しており、5年無病生存率は40%でした。

より安全で安価なCAR-T療法の開発を目指す

 難治性ALLの治療にキメラ抗原受容体T細胞療法(CAR-T)療法が注目されていますが、名古屋大学ではより安全で安価なCAR-T療法の開発をめざして遺伝子導入にウイルスベクター法ではなく、piggyBAC法を用いた新規CAR-T療法の開発に成功し、現在臨床試験を実施中です。今後はNGSにより正確なリスク分類や融合遺伝子の探索をおこない、分子標的治療薬やCAR-T治療を導入することで、小児ALLの100%治癒を目指したいと考えています。

小児におけるゲノム医療

 
名古屋小児がん基金 理事長/名古屋大学 名誉教授
小島勢二

 NGSによる遺伝子解析の方法も「ターゲット解析」といって100~500個のがん遺伝子のパネルを作り解析する方法や、「全エクソン解析」といってヒトに2万個ある遺伝子のエクソン領域(タンパクをコードするゲノム領域)さらに全ゲノム領域を解読する「全ゲノム解析」があります。パネル解析では、小児がんの診断や治療薬の選択に有用な融合遺伝子の検出が困難なので、名古屋大学では、全エクソン解析とRNAシーケンス解析を併用しています。

 2018年4月から全国にある11のがんゲノム医療中核病院でパネル解析が先進医療としておこなわれるようになっていますが、成人の固形腫瘍が対象で、検査にかかる患者負担も40~90万円と高額です。名古屋大学がおこなっている全エクソン解析については、IT企業が海外の検査会社と組んで自由診療としておこなうことを予定しているようですが、その価格は100万円に達するようです。

 海外では、一般からの寄付金で、小児がん患者のゲノム診断を行っていることがよくみられます。名古屋大学でも臨床研究として、公的研究費や小児がん基金の寄附金で検査をおこなっているので患者さんの経済的負担はありません。




名古屋小児がん基金・ゴールドリボン
ゴールドリボンは
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