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B前駆細胞性急性リンパ性白血病(ALL)に対する新規治療戦略 research
B前駆細胞性急性リンパ性白血病(ALL)に対する新規治療戦略
~第60回 日本小児血液・がん学会学術集会の報告~
小島勢二
第60回日本小児血液・がん学会学術集会が、2018年11月14日から16日の3日間、京都で開催されました。もともと、小児血液学会と小児がん学会とは、別々に開催されていましたが、参加者が重なることから、6年前から合併して一つの学会として活動しています。
悪性腫瘍ばかりでなく、貧血や凝固障害などの演題も多く、一般演題は400を超え、それに特別講演や教育講演が加わりました。海外から招待された演者も参加する12のシンポジウムも企画され、たいへん盛りだくさんの発表がありましたが、今回は、急性リンパ性白血病に対する新規治療戦略と名をうって開催されたシンポジウムの内容を報告します。
【北米】
フィラデルフィア染色体様急性リンパ性白血病の初発患者に対するプロトコール
Children’s Oncology Group(COG)は北米を中心に200以上の施設が参加する世界最大の小児がん研究グループです。フィラデルフィア小児病院のDavid T. Teachey博士は、COGにおける現行の、さらに今後のALLの治療戦略を講演しました。
Ph陽性ALLに似た発現プロファイルを示すフィラデルフィア染色体様急性リンパ性白血病(Ph-like ALL)は予後不良な白血病の一群です。初発患者に対するプロトコールとして、Ph-like ALLのなかで、ABL遺伝子変異をもつ患者を対象にチロシンキナーゼ阻害剤であるスプリセル(Dasatinib)の有効性を検討、CRLF2転座やJAK2異常を示す患者にはJAK1/JAK2阻害剤であるジャカビ(Ruxolitinib)の有効性を検討しています。
また、寛解導入直後に骨髄で白血病細胞が1%以上残っている患者には、その時点でリンパ球を採取してCAR-Tを作成し、維持療法に入る直前でも微小残存腫瘍が0.01%以上検出されればCAR-Tを投与するプロトコールを立案しました。
CAR-Tは治験として、ノバルティス社が提供するようです。再発/難治例については、CD22 陽性ALLでは抗体製剤であるベスポンサ(Inotuzumab)を、CD19陽性ALLではビーリンサイト(Blinatumomab)の効果を検討しています。
商品名:スプリセル(SPRYCEL)/一般名:ダサチニブ(Dasatinib)
商品名:ジャカビ(JAKAVI)/一般名:ルキソリチニブリン酸塩(Ruxolitinib)
商品名:ベスポンサ(BESPONSA)/一般名:イノツズマブ・オゾガマイシン(Inotuzumab)
商品名:ビーリンサイト(BLINCYTO)/一般名:ブリナツモマブ(Blinatumomab)
商品名:ベルケード(VELCADE)/一般名:ボルテゾミブ(Bortezomib)
【ヨーロッパ】
初期治療反応性が不良な患者には「ベルケード」、中間およびハイリスク群には「ビーリンサイト」
ドイツやイタリアを中心にヨーロッパ諸国が参加するAIEOP-BFMグループのリーダーであるMartin Schrappe博士は、2018年から始まった新プロトコールの概要を説明しました。遺伝子変異の結果に加え、微小残存腫瘍による治療反応性を評価して、リスク分類し、治療プロトコールを選択しています。
初期治療反応性が不良な患者には強化療法にプロテアソーム阻害剤であるベルケード(Bortezomib)を加えて、その効果を検討しています。さらに、中間およびハイリスク群には、再寛解導入療法としてビーリンサイトの4週間投与を従来の治療法と比較しています。
【米国】
すべての新患に網羅的遺伝子解析を実施
米国のセントジュード小児病院のChing Hon Pui博士は、世界の小児ALL治療をリードしてきた研究者です。セントジュードでは、すべての新患にまず、次世代シークエンサー(NGS)でRNAシークエンスをおこない、ABL関連融合遺伝子の有無を検討します。
RNAシークエンスの結果は2週間で判明しますので、ABL変異があれば治療開始15日目からスプリセルの投与を開始します。ABL変異がなければ、次にNGSで全エクソームあるいは全ゲノム解析をおこないます。治療開始15日目に微小残存腫瘍が5%以上あるいは42日目に1%以上残っているハイリスク患者には、JAK-STAT経路の変異があればジャカビを、CD19陽性ALLにはビーリンサイトあるいはCA19CAR-Tを投与します。分子標的がない患者にはベルケードを投与します。CAR-Tは自施設で製造した製剤を用います。
【イギリス】
ハイリスク患者には自施設で製造したCAR-T製剤の使用を計画
ロンドンにあるGreat Ormond Street 病院のAjay Vora博士はイギリスの白血病研究グループ(UKALL)の今後の治療方針を説明しました。リスク分類には高感度な微小残存腫瘍測定法が有用であること、ハイリスク患者には自施設で製造したCAR-T製剤の使用を計画していることを話されました。
【日本】
日本小児がん研究グループ(JCCG)の次期ALLプロトコール
日本を代表して埼玉小児医療センターの康勝好先生が日本小児がん研究グループ(JCCG)の次期ALLプロトコールを紹介しました。
主なポイントは、1)予後良好群には、治療期間を世界標準の24ヶ月から18ヶ月に短縮可能か、2)全例にPCR法による微小残存腫瘍の測定をおこない、ハイリスク群においてはビーリンサイトの効果を検討することです。
先進国における小児ALLの生存率は90%に達し、100%まであと1歩
今回のシンポジウムは、世界の小児ALL治療を牽引するグループのリーダーが、今後10年間の各グループの治療戦略を表明したもので、たいへん聞き応えのある内容でした。すでに、先進国における小児ALLの生存率は90%に達し、100%まであと1歩まで来ています。100%を達成するにあたって、すべての演者が触れたのは、1)高感度な微小残存腫瘍測定法によるリスク分類、2)遺伝子解析による分子標的薬の対象症例の検出、3)ハイリスク群に対するビーリンサイトやCAR-Tなどの免疫療法の重要性です。
つい最近、わが国でも微小残存腫瘍の測定やビーリンサイトが保険収載されたことから、康勝好先生が紹介したプロトコールを実施する道が開かれまれました。ただ、CAR-Tやビーリンサイトなどの免疫療法の高額化に日本の医療制度が耐えうるのか心配はつきません。
ノバルティス社のCAR-Tの1回の投与価格が5,200万円というのは知れわたってきました。今回発表のあったセントジュード小児病院でも、Great Ormond Street 病院でも自施設で製造した低価格の製剤を用いているようです。日本でこの11月末にアステラス社から発売されたビーリンサイトは、45kgの患者が2サイクルの投与を受けると、その薬剤費は1,200万円になるようです。
今回のシンポジウムに続いて、「医療の構造改革、変わるのは、今だ!」という題で厚生労働省医務技監の鈴木康裕先生の講演を拝聴する機会がありました。CAR-Tを筆頭とする薬剤の高額化に触れ、「日本の保健医療はこのまま破局に向かうのか、混合診療を解禁するのかの岐路に立たされている」と述べていました。すべての元凶は薬剤の高額化にありますので、有効な薬剤を必要とする患者さんに安価に届ける道を探るべきではないでしょうか。
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