LECTUREDr.小島の小児がん講座

新型コロナワクチンの接種をどう考えるか lecture

2020.11.5

新型コロナワクチンの接種をどう考えるか:新型コロナウイルス感染症の基礎から臨床(5)

名古屋小児がん基金理事長/名古屋大学名誉教授
小島勢二

新型コロナワクチン:来年初めにも日本で実用化

いよいよコロナのワクチンが、来年初めにも実用化されそうですが、皆さんワクチンについてはどう思われますか。

政府からは、アストラゼネカ社、ファイザー社と交渉を進めており、全国民に接種できる数量が確保できる見込みなので、ワクチン接種を国民の努力義務とすることを考えていると発表されています。アストラゼネカ社のワクチン、AZD1222はアデノウイルスベクター、ファイザー社のワクチンはメッセンジャーRNA(mRNA)と、バイオテクノロジーを駆使して製造された遺伝子ワクチンです。ちなみに、遺伝子ワクチンで、これまで薬事承認されたのは、エボラウイルスに対するワクチンのみです。

新型コロナワクチンの接種をどう考えるか:新型コロナウイルス感染症の基礎から臨床

アストラゼネカ社のAZD1222では、コロナウイルスの表面にあるスパイク蛋白の遺伝子を組み込んだチンパンジー由来のアデノウイルスベクターをヒトの細胞に感染させることで、ヒトの体内でコロナウイルスのスパイク蛋白を作ります。ヒトはコロナウイルス由来のスパイク蛋白を異物とみなして抗体を産生します。作られる蛋白がウイルス由来という違いはありますが、ワクチンを作る手法は遺伝性疾患に対する遺伝子治療と変わりません。ファイザー社のmRNAワクチンは、スパイク蛋白をコードするmRNAを脂質ナノ粒子に包んでヒト細胞内に運んでヒトの体内でスパイク蛋白を産生します。

2社のワクチンは第1/2相試験で、実際にコロナウイルスに感染した患者さんの回復期と同レベルの中和抗体が産生されることが確認されています。発熱や注射部位の腫脹など通常のワクチン接種でみられる有害事象は観察されましたが、重篤な副作用は見られていません。

現在、試験対象を数万人レベルに拡大した第3相試験が行われています。第3相試験では、新型コロナの流行地域において、ワクチン接種群と非接種群との間で、発症頻度の比較を行います。ワクチンを有効と判定するに、接種群は非接種群と比較して50%以上の発症頻度の減少がみられることが必要です。すなわち、第3相試験で75人のコロナの患者がでた場合、75人のうちワクチンの非接種者が50人以上で、一方、ワクチン接種者が25人以下であれば、ワクチンは有効とみなされます。

有効と判定されたワクチンでも、全ての接種者で感染が予防できるわけではありません。コロナウイルスは頻回に塩基変異を起こすので、インフルエンザのように毎年のワクチン接種が必要となるかもしれません。

コロナワクチン開発:有害事象のためストップ

つい最近、コロナワクチン開発の先頭を走っていたアストラゼネカ社の治験が有害事象のためにストップしたというニュースが流れました。有害事象は、脊髄の炎症を起こす神経障害である横断性脊髄炎だったようですが、1週間後には治験は再開されました。アストラゼネカ社の治験で中枢神経系の問題が生じたのは2例目ですが、最初の症例は多発性硬化症が原因と見られており、ワクチンとは関連はないと判断されました。

自己免疫性/感染後神経疾患

急性横断性脊髄炎と多発性硬化症は中枢神経系の、ギラン・バレー症候群は末梢神経に見られる神経疾患で、病変部位は異なりますが、いずれも、自己免疫性あるいは感染性の病気と考えられています。これまで、ワクチン接種後に発症したケースが報告されています。コロナワクチンの接種後に見られた横断性脊髄炎や多発性硬化症がワクチンと関係ないと簡単には言い切れないところがあります。

どうしてギラン・バレー症候群のことを説明したかというと以前に米国で豚インフルエンザに対する集団予防接種でギラン・バレー症候群の患者が多数発生した事件があるからです。

注射直後にギラン・バレー症候群を発症

1976年2月、米国の陸軍基地で、豚インフルエンザ患者が出現しました。患者は死亡し、解剖の結果、死因は豚インフルエンザと判明しました。同じ基地で、無症状ながら感染している兵士が500人以上いると分かり、医師たちは危機感を募らせました。これは1918年のスペイン風邪を想起させる出来事でした。

米国の保健当局は新たな流行を恐れ、国中の老若男女を対象にした予防接種プログラムの承認を、当時のフォード大統領に求め、1976年10月から集団予防接種が開始されました。ところが数週間もたたないうちに、注射の直後にギラン・バレー症候群を発症した人の報告が入り始めた。2カ月足らずで500人が発症し、30人以上が死亡しました。

結局、4000万の米国人が予防接種を受けましたが、豚インフルエンザは流行しませんでした。豚インフルエンザそのものによる死者は、確認されている限り、ひとりのみでした。このプログラムに対する評価は賛否両論です。フォード大統領の決断は同年の大統領選挙を意識したもので、さらに、製薬会社の言いなりになったという批判もあります。

アストラゼネカの治験は、わが国を含めて治験に参加した各国は再開しましたが、治験を中断してから1月たった現在も、米国だけは再開していません。この事件がトラウマになっているのかもしれません。

アストラゼネカに続いて、アデノウイルスベクターによるコロナワクチンを開発していたジョンソン&ジョンソン社の治験も参加者に原因不明の症状が出現したことから治験が中断されました。両社のワクチンは製法が共通しており、今後の展開に目が離せません。

抗体依存性感染増強(ADE)とは?

抗体依存性感染増強(ADE)とは?

ワクチン接種後の有害事象で心配されているのは、抗体依存性感染増強(ADE)という現象です。通常、細菌やウイルスなどに感染すると、感染者の体内にはその病原体に対する抗体ができ、次に同じ病原体に感染したときに、抗体がその病原体に結合して排除しようとします。ところが、デングウイルスなどでは、一度感染した後に、再び感染するとADEという現象により、重症化する場合があることが知られています。

通常の免疫反応では、抗体がウイルスに結合したあと、抗体とウイルスの複合体はFcγ受容体を介してマクロファージなどの免疫細胞に取り込まれ、ウイルスは排除されます。ところが、ADEが生じると免疫細胞に取り込まれたウイルスが破壊されず、かえって効率よく増殖します。さらに、マクロファージからは、大量のサイトカインが産生され、初感染よりも重症化します。

フィリピン:デング熱ワクチンで死亡例が多発?

新型コロナウイルスの感染においても、ADEが起こる可能性があります。ADEとの関連が取り沙汰されているワクチン接種後の有害事象に、フィリピンで発生したデング熱ワクチンで死亡例が多発した事例がります。

フィリピンでは、2016年4月から、公立学校に通う73万人の小児を対象にデング熱ワクチンの接種が政府主導で始まりましたが、ワクチン接種者から62人の死亡例がでたことから、ワクチン接種は早期に中止されました。

臨床試験のデータ解析から、過去にデング熱に罹患した既往のない個人が、ワクチンを接種した後にデング熱に感染すると症状が悪化することが分かりました。すなわち、ワクチン接種で産生された抗体によるADEが重症化の原因と考えられました。この結果を受けて、世界保健機関(WHO)からは、デング熱に感染した既往のない個人へはデング熱ワクチンは接種すべきではないと勧告が出されました。

新型コロナウイルス感染の重症化にADEが関わっているか?

では新型コロナウイルス感染の重症化にADEが関わっているでしょうか。

SARSウイルスは新型コロナウイルスと同じコロナウイルスに属し、両ウイルス間の塩基配列は80%一致しています。SARSウイルスも表面に発現しているスパイク蛋白がヒト細胞上の受容体に結合することで細胞内に進入します。受容体に結合するスパイク蛋白部位の構造も両ウイルスは極めて類似しています。

SARS患者においては、一部の患者の重症化にADEが関与すると考えられており、ネズミやアカゲザルをSARSのスパイク蛋白で免疫した後に、SARSウイルスを感染させるとADEが惹起されました。新型コロナウイルスワクチンの被接種者が、ADEを起こして重症化するかについては、デング熱ワクチンのように市販後のサーベランスで初めて明らかになると思われます。

遺伝子治療とは

遺伝子治療とは

先に述べたようにアストラゼネカ社のコロナワクチンはチンパンジーアデノウイルスベクターを使っており、ワクチンを作る手法はCAR-Tや遺伝性疾患に対する遺伝子治療と変わりません。遺伝子治療には、直接患者さんの体内に遺伝子ベクターを投与する方法と、体の外に自分の細胞を取り出し、体外で遺伝子導入した細胞をもとの自分の体に戻す方法とがあります。ウイルスワクチンは前者でありCAR-Tの作成は後者の方法で行います。

遺伝子治療は30年の歴史がありますが、この間ウイルスベクターの改良に力点がおかれてきました。ここ数年、ウイルスベクターの遺伝子導入効率と安全性が向上し、本格的に遺伝子治療の臨床応用が始まりました。わが国でも、コロナ禍に隠れて大きな話題になりませんでしたがが、今年の5月に、乳幼児に見られる脊髄性筋萎縮症に対する遺伝子治療薬であるゾルゲンスマが、1億6000万円という高額な薬価で承認されました。ゾルゲンスマは、正常人のSMN1遺伝子を組み込んだアデノ随伴ウイルスベクターで、静脈内に投与されたベクターは標的細胞に侵入し、患者に必要なSMN蛋白質を産生します。

遺伝子治療の歴史の中で有名な事件に1999年に発生したアデノウイルスベクターによる死亡事故があります。遺伝子治療のベクターとして最も期待されていたのがアデノウイルスベクターでした。ところが1999年の秋に、ペンシルバニア大学のWilsonらのグループによる先天性代謝疾患の遺伝子治療臨床研究の経過中、大量のアデノウイルスベクターの全身投与によって一人の男性患者が急性の多臓器不全によって死亡するという事故が起こりました。アデノウイルスによる急性多臓器不全の細胞・分子レベルでの病因は不明です。この結果遺伝子治療の研究はより安全とされるアデノ随伴ベクターが開発されるまで停滞しました。

安全とされていたアデノ随伴ベクターでの死亡事故

ところで、日本のアステラス製薬はアデノ随伴ウイルスに基づく遺伝子治療薬の研究開発に注力するオーデンテス社を、昨年末に買収して、X染色体連鎖性ミオチュブラー・ミオパチー(XLMTM)の適応取得を2020年末を目標に目指すと発表されました。

ところが、この治験に参加した17例のうち3例が死亡し、治験は中止されました。アストラゼネカのワクチンは、チンパンジーアデノウイルスベクターでベクターの種類が異なりますが、安全とされていたアデノ随伴ベクターでの死亡事故だけに、遺伝子治療に用いられるウイルスベクターの安全性に懸念が残ります。

これまでの一つの遺伝子治療の対象となる患者数はせいぜい数十人規模でしたが、コロナワクチンの接種者はわが国だけでも数千万人規模に達します。どのような基礎疾患を持つ個人にワクチンが接種されるかについても予想がつきません。コロナワクチンに用いられるウイルスベクターの安全性については、いくら注意しても、注意しすぎることはないと思います。

新型コロナウイルスの安全性に関する懸念

現時点では、コロナワクチンは、その安全性に関して、いくつか懸念があります。現在、わが国を含め、各国政府は国民へのコロナワクチンの接種に前のめりですが、ワクチン開発の負の歴史を振り返ることも必要です。1976年に起きた豚インフルエンザワクチン事件について、コロナ対策に携わる政治家やメデイア関係者は学ぶべきです。今後コロナワクチンを接種するかどうかは、国民1人1人が判断すべきことであり、全国民にワクチン接種の功罪に関する正確な情報の提供が必要と思います。

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