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【研修報告】ドイツのテュービンゲン大学病院 小児血液移植部門 research

2019.2.11

テュービンゲン大学病院の研修報告

名古屋大学 小児科 若松学

 私は、このたび2018年9月にドイツのテュービンゲン大学病院の小児血液移植部門で研修する機会をいただきました。

 9月上旬の台風で出発がずれましたが、フランクフルト空港に到着したのちにICEでシュトゥットガルト駅に移動し、そこから普通列車で約1時間かけてテュービンゲン駅に到着しました。テュービンゲン市は、バーデン・ヴュルテンベルク州に属する人口10万人程度の小さな町で、人口のおよそ3割が大学の関係者だそうです。第2次世界大戦で珍しく戦場とならず、町の中央を走るネッカー川の周囲は豊かな緑に囲まれた中世の面影が残っています。

 市の中心部には、ヘルダーリンの塔やヘルマン・ヘッセが働いていた本屋など、ドイツにゆかりのある建物もみることができます。今回、私はこの1か月間の滞在先として、ちょうど9月が学生の夏休み期間ということで、学生寮を格安の値段で借りることができました。寮には60名ほどの学生が共同で生活し、久しぶりに学生に戻ったような気分でした。

【研修報告】ドイツのテュービンゲン大学病院 小児血液移植部門

テュービンゲン大学病院の見学

 テュービンゲン大学病院は寮からバスで10分のところの市内を見下ろす小高い丘にあり、小児の病棟は成人の病棟とは別の棟で、小児血液移植部門はその5階に、同部門の研究室は同じ建物内の2階にありました。

 研修の初日は、私の研修を快諾していただいたテュービンゲン大学小児病院の院長Rupert Handgretinger先生と面談し、施設の概要や研修の内容を説明していただきました。テュービンゲン大学病院の小児血液移植部門では、毎年およそ60例の造血細胞移植を行い、そのうち自家末梢血幹細胞移植は5例くらいで、ほとんどは同種造血細胞移植だそうです。

左から、名古屋大学 小児科 若松学、テュービンゲン大学小児病院 院長 Rupert Handgretinger先生
左から、名古屋大学 小児科 若松学、テュービンゲン大学小児病院 院長 Rupert Handgretinger先生

 小児移植病棟はクリーンルームが8部屋で、化学療法中の患者さんは別の病棟に60-70人が入院しているとのことでした。病棟では、急性白血病、骨髄異形成症候群、神経芽腫、先天性代謝疾患、他に日本ではあまり経験しないサラセミアや鎌状赤血球貧血症などの患者さんに対する造血細胞移植の様子を見学することができました。

 研修中は、毎朝8時からPeter Lang先生を中心に前日からの経過と採血の確認などのチェックしたのちに、病棟の回診を行い、治療の方針を確認するという流れでした。私が研修している期間中は、ミーティングを英語で行っていただいたので、患者さんの把握もしやすく大変勉強になりました。

【研修報告】ドイツのテュービンゲン大学病院 小児血液移植部門

HLA半合致移植(ハプロ移植)

 今回、私が研修先としてテュービンゲン大学病院を選択した理由の一つとして、HLA半合致移植(ハプロ移植)を積極的に行っている施設であったことがあります。実際に、ハプロ移植は、毎年20例程度行っているようで、対象疾患も神経芽腫に限らず、急性白血病や代謝疾患などの患者さんに対しても行っていました。

 通常のハプロ移植ですと、移植片対宿主病(GVHD)が大きな障壁となりますが、施設内の研究室にあるCliniMACSを用いて、ドナーより採取した末梢血からTCRαβ陽性細胞/CD19陽性細胞を除去することで、GVHDの発症を予防しつつ、残存するTCRγδ陽性細胞による抗腫瘍効果や感染症に対する効果を期待することができるとのことです。

 このようなハプロ移植は、日本ではなかなか経験することができない移植ですが、前処置に使用する抗胸腺細胞グロブリン以外に、GVHD予防としてミコフェノール酸モフェチルのみを用い、GVHDを発症しないで、退院する患者さんを実際にみるとスマートな移植と実感しました。もちろん、中には重症のGVHDを発症したため、免疫抑制剤を追加したり、ウイルス感染に苦しんだりする患者さんもいましたが、そのような状況に対処する方法をいろいろ持っているからこそできる移植のやり方と思いました。

【研修報告】ドイツのテュービンゲン大学病院 小児血液移植部門

CAR-T製造、TCRαβ陽性細胞/CD19陽性細胞の除去処理の見学

 研究室にいる専任の技師さんが、CliniMACS Prodigy®を用いたウイルス特異的細胞傷害性T細胞(CTL)やキメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T)の製造、ほかにTCRαβ陽性細胞/CD19陽性細胞の除去処理を行う過程を見学させていただきました。

 CliniMACS Prodigy®をはじめて見る私はその汎用性の高さに驚きました。技師さんも、細胞療法をすすめるうえで製造した細胞の一貫性や再現性が大切となるときに、とても役に立つと説明して下さいました。ここでは、成人の患者さんも合わせると、こういった処理を1-2週間に1回くらいの頻度で行っていました。

 血液腫瘍の分野は、臨床と研究の分野が比較的近い関係にありますが、自施設でこのように細胞の処理を行い、それを臨床医が患者さんに投薬し、その効果を判断するという環境は、テュービンゲン大学病院の大きなアドバンテージになっていると思いました。この点に関しては、私たち名古屋大学小児科も今後、CAR-Tなどの細胞療法を自施設で製造し、患者さんに投薬しようとしている点と類似しているとも感じました。

 ほかに、研修の目的として挙げていた、Peter Lang先生が中心となり、進めている再発神経芽腫に対する抗GD2抗体(Dinutuximab)をハプロ移植に組み合わせた治療も見学することもできました。日本ではまだ未承認の薬ですが、移植前に部分奏功(PR)以上の症例であれば、治療の効果を期待できそうとのことでした。

Hematopoietic Stem Cells X International Conferenceに参加

 最終週は、テュービンゲンで2年に一度開かれる、Hematopoietic Stem Cells X International Conferenceに参加しました。この研究会は、約20年の歴史があるそうで、幹細胞を専門とする研究者や臨床医が、個々の成果を発表する会です。

 今回は、ヒト白血病幹細胞の存在を世界ではじめて示したJohn Dick先生らが中心となり、日本から須田年生先生と下坂皓洋先生が口演され、昼食をご一緒させていただきました。ちょうどG-CSFを開発したKarl Wellte先生も周期性好中球減少症の口演をされており、お話することができました。最終週がちょうど研究会にかさなり、より充実した時間となりました。

 ドイツと日本で、医療制度の違いで治療の内容は違っても、臨床と研究に携わるそれぞれの医師がより良い医療を患者さんに提供できるように日々努力していることを感じました。今回、このような貴重な機会をいただけたことを改めて感謝したいと思います。そして、今後、この研修を活かせられるように精進してまいります。

細胞製剤を自らの施設で製造、患者に投与している施設がある

名古屋小児がん基金 理事長/名古屋大学 名誉教授
小島勢二

 名古屋大学小児科では、6ヶ月間ある大学病院での小児科研修の期間に、国内外を問わずに1ヶ月間、希望する専門施設でsubspecialityの研修を選択する制度がある。若松先生から、ドイツのテュービンゲン大学病院での研修を希望されたので、旧くからの友人であるHandgretinger教授に、若松先生の研修を御願いしたところ快諾が得られた。

 2005年当時、私は、文部科学省から大型の研究費を取得して、移植後の難治性ウイルス感染症に対する細胞傷害性T細胞療法、(CTL)の確立を目指していた。ドイツのフライブルグでの学会のついでに、テュービンゲンを訪れる機会があった。短期間の滞在であったが、Handgretinger先生やLang先生の案内で、セルプロセッシングセンターを見学できたことは、その後、名古屋大学で、ウイルス特異的CTLや骨髄間葉系幹細胞(MSC)などの移植後合併症の治療法の開発にたいへん有用であった。これらの経験が、現在、名古屋大学が開発しているCAR-T療法の下地になっている。

 わが国では、MSCもCAR-Tも製薬企業に任せて、移植医はただの消費者であるが、世界にはテュービンゲンのように、アカデミアとして、細胞製剤を自らの施設で製造、患者に投与している施設があることを知ってもらいたい。自施設で製造すれば、超高額な細胞製剤もずっと安価に入手可能である。願わくば、名古屋大学は、日本のテュービンゲンでありたい。




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